こねたりもんだりさすったり

何もできずにただあなたのそばにいるの!

幸せって何だっけなんだっけ

明石家さんまがでていたポン酢かなにかのCMで

♪幸せ〜って何だっけなんだっけ
 ポン酢しょうゆ(うろおぼえ)のあるウチさ〜♪

という歌があった。
その歌を私は軽く替え歌にし

♪幸せ〜って何だっけなんだっけ
 どうせぼくらにゃ縁がない〜♪

と歌って担任にひどく殴られた。

その頃から幸せって何だっけ、と考えている気がする。
当然のごとく答えなんか出ていない。

幸せとは。
不幸せならかんたんにいくらでも定義づける事ができるけれど。
不幸せとは、例えば、土曜日午後の通学路の帰り道。
お腹が空いた状態で、クラスメイトのランドセルを5、6こ背負わされ、じゃんけんに負け続けて、延々と壊れたモビルスーツよろしく通学路をフラフラと歩く。

「まあ、可愛らしいわねえ☆ 子供はこうでなきゃ!」

無責任な声をかけるババアがいる。死ねよ。

不幸せとは、例えば、前述の担任と悉く反りが合わないこと。
奴は巨人軍が負けた翌朝に、私をいびるのをストレス発散の手段としていたが、そのことを他の教諭に告げると

「まあ、あの先生がそんなことするわけがないでしょ?! 嘘つきにもほどがあるわ」

とくに女教師には全く信じてもらえない。故に私はイケメンとゆー人種をはなから疑っている。
そのせいか私の配偶者はゴツく筋肉質である。

似たような例としては、私の母親も外面と家での姿の乖離がひどい人間だったことを思い出す。
彼女はキレると家中を破壊するか、包丁を投げるか、実家に戻るか、とゆーあまり落ち着きのない人間だった。
ただしそのことを思い切ってよそのひとに話しても、

「まあ、おかあさんがそんなことするわけがないでしょ?! 嘘つきにもほどがあるわ」

とこれまた全く信じてもらえない。

といった具合だったので、15を過ぎたくらいから、安寧を手に入れれば幸せになれる、とゆー妄想に取り憑かれていた気がする。
ただ日常生活のなかでそれを実現する手段は皆目不明だった。
不明なゆえ、あちこち彷徨い歩くような人生を送った。
精神をやられ、肉体をやられ、昔だったら中年とされる歳で配偶者と出会ったときには、すでに肉体精神ともにガタがひどかった。

いずれ書こうと思うが、中年結婚(ちなみに双方初婚)は廻りの人間をリトマス試験紙にかけるようなものだった。
ほんとうに私のことを考えているひとと、他人をネタ元として考える人間が面白いほど分別された。
結果として私の人間関係は著しく整理されてしまった。
そうして私は安寧をどうにか手に入れた。

他人の戯言(いまおもえば)に対して、身を張って応じていた私はなんだったのだろうか。
そもそも、戯言を戯言と疑うことすらしなかった私は大馬鹿である。
このことも改めて書こう。

安寧は手に入った。しかしその代償として、職を失った。
そして、長い安寧は私のような小人にとって、身体の中に澱のように積み重なって、淀んでいく。
要は
「おカネそろそろヤバい。働かないと死んでしまう」
なのであるが、しんがたーコロナウイルスがーにっくいー♪(打首獄門同好会

きょうも履歴書を書いた。ちなみに10年ぶりくらいの手書き履歴書であった。
公共機関の書類から和暦を撲滅させたい。手が死んだ。
死んだ手をひらひらさせて、私は子供の頃の冒頭の明石家さんまの歌を思い出していた。

いまの私はその幸せとやらを手に入れるために、なんでもしてやろう。